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  • makoto kuroda

庭と映画

更新日:5月13日

若い頃は映画監督に本気でなろうと思っていた。覚えている限り一番最初の映画館の記憶は、母と満員の立ち見で見た角川春樹の天と地とだ。映画は全く覚えてないが、満員の映画館のなかで皆で一つの画面に熱狂するという行為は小学校低学年の自分には衝撃的だった。

小学生の頃はテレビでロードショーがよくやっていた。エディマーフィーやジャッキーチェン、シュワちゃんやスタローンがスターだった。プラトーンを見てエアーガンを買ったりもした。中高生になるとSCREENやROADSHOWを買ってブラッドピットやディカプリオの格好良さに痺れたり、タランティーノのギャング映画にやられた。マトリックスやファイトクラブは衝撃的だったし、JUICEやCLOCKERSはヒップホップが好きだった自分にはバイブルとなった。



20歳を超えてからは本気で映画にのめり込み、片っ端から見まくった。新文芸坐のタルコフスキーのオールナイトで爆睡したり、早稲田松竹の二本立て、飯田橋ギンレイホール、アテネフランセの白黒無声映画でまた爆睡。江古田のアルカディアで昔のVHSをレンタルしまくった。フランスのヌーベルバーグものも見たし、アメリカの西部劇も見れるものはほとんど見て、フォードやホークスに熱狂した。ヒッチコックは最高だしルノワールは完璧だ。植木屋になり、結婚して子供が出来てからは昔ほど映画と過ごす時間は少なくなったが、十代、二十代の時に見た映画は確実に自分の血と肉になっている。



最近、庭と映画の関係についてよく考える。映画監督が作ったお庭としてはデレクジャーマンのお庭は有名だ。めちゃくちゃパンクでカッコ良い庭だ。彼の本はガーデニングのバイブルとしてよく紹介されている。だが、僕の頭にまず浮かぶのは小津安二郎とエリックロメールの二人。映画の手法さえ違えど二人とも巨匠だ。小津安二郎といえば有名なのはローアングルローポジションの画面構成からの切り返しで繋いでいくカット割り。常に完全に作り込まれた異世界に、役者たちは佇んでいる。特に後期の作品群は、ほぼ全て娘の結婚という物語を反復している。その抽象性は庭の世界でいうと重森三玲の庭といったところだろうか。

一方のエリックロメール。この人の映画は本当に不思議。作り込まれているのか、自然に撮られているのか全く分からなくなるくらいナチュラルな演技と演出。話はシンプルなモノが多いが見ているうちにどんどん大きく感じて引き込まれていく。この人の映画を見ていると、映画は簡単に撮れそうにすら思えてくる。


さて、映画とお庭の関係の話。僕の中では、両者とも様々なカルチャーやバックグラウンドをサンプリング、コラージュして新たに一つのものを作るという総合芸術だと思っている。そしてもう一つ共通しているのは目線の芸術だという事。違う点は映画は完成した時点で完成だが、お庭は完成してもそこで終わりではないということ。何十年先を見越して作庭し、小まめに手を入れることで木は美しく成長し、良いお庭になって行く。完成は無く、つねに動いている。そこが面白い。


僕が一番興味があるのは作者の作品を作る過程だ。小津やロメールの映画の作り方は絶対に庭作りにも共通するものがあると思う。良いものを作る人には圧倒的な哲学がある。小津のローアングルローポジションやロメールの自然体な演技はあくまでも手法であってそれ自体が哲学ではないはず。


TREE WORKSの哲学はenjoy green life,one grain for the future.である。地球規模で温暖化や環境変化が進んでいる中、植木屋として積極的に、木と共に生活するというスタイルを普及していきたい。そしてその緑を楽しむ為にお手伝いをしたい。未来の為に木を植えたい。この哲学を、小津やロメールの手法をサンプリングして実際の庭造りに落とし込む。正直、ただこの二人が作ったお庭を見てみたいだけなのかもしれないけど。


話がかなりそれたが、庭と映画の可能性はまだまだあると思う。お庭で映画を見たり。自分の好きな映画をイメージしてお庭作りをしたり。


実装していく為には、まだまだ考えなきゃいけない事はたくさんありそうだ。


黒田

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植木屋 ver2.0

はじめまして。TREEWORKS黒田です。練馬区の石神井で街の植木屋として仕事をしています。 長い間この仕事をしていて思うのは、こんなにクリエイティブで可能性に満ち溢れている仕事なのに、何か勿体無い気がするということです。現在、住宅にはどこも同じような木が植えられ、ひどい剪定方法で無茶苦茶に切られています。落ち葉が原因で樹齢何十年という立派な大木が次々と伐採され、木と共に自然の中に生きるというライ